大阪府道217号(大野天野線)


その5

 

 

現府道38号の旧道との合流点。左がそれで、当該府道は真っ直ぐ。これは振り返って(東向いて)撮ってる。

 

大野西の集落内の狭い道を進んでいくと2叉。ここを右に行く。

 

ため池の左側を通る。奥に止まれの標識が見える。もうこの険道も終わりか。

 

大阪府道38号に当たって終わり。いや〜面白かった。

この時はそう思ってた

 

 Googlemapを見ていた時のこと・・・

 「あまの街道」と描かれたのが気になった。国道県道ってのはだいたい古い街道を指定している(指定していた)ことが多い。r217も起点の大阪狭山市内では、この天野街道に沿っているわけで、ほんならここがずれているのは何か変だ、違うなと感じた。

起点のとこだけ街道から外れて指定されたとか、天野街道がr217⇒r38というルートだった可能性も無いことは無いが・・・。

 

でも普通に考えれば・・・

実は府道は赤で示したルートであって、緑は間違いなんでは?と思ったのでちょっと調べてみよう。

 

 まずこの地域を管轄してる富田林土木事務所の管内図で該当箇所を見てみる。これは2016年に天満橋の大阪府庁行ってコピーしてきたやつの一部。

小縮尺なんでよう分からんな。

 

大阪狭山市の認定路線網図or道路台帳図で確認。最近はネットで見れる自治体も多くなって有難い限り。

 見た結果がこれ。やはり地図でr217とされてる道は、(1級?)市道31号の一部であった。一方府道なのではと思った池西側の市境の道は市道認定はされていなかった。大阪狭山市と崔堺市の境であるので、堺市の認定路線網図も見たけど、こっちも同様に指定は無かった。

 

Googlemapのストリートビュー見てみようか。

 r38との交差点の様子。ここと奥に立てられてる看板に、なかなか面白いことが書かれているが、それよりも設置者は「大阪府富田林土木事務所」。これは府道で確定だろうか。地図は間違ってる!

 

だいぶ古い車両通行止めの標識が立っているが、r217に対してだったんだろうな。昔は車が通れないくらい細かったんだろうか。

 

ということで

起点近くのY字路。ここは左へ行くのが正解だったようで。

 

 書店に行き、県別マップル等の地図(ほぼ昭文社)で該当部分を見てみたが、すべて池の東側(間違ったルート)がr217とされている。では1/25000地形図では?と思い見てみたが、地形図にはそもそも池の西側に道は描かれてなかった。地図の基になってる地形図で描かれてないんでは、マップルなんかが合ってるわけもなく・・・。ネットの地図も同様。全部見たわけではないので合ってる地図があるかもしれんが。

ただ、電子国土WEBの地形図では道は描かれていた。

 

歴代地形図を確認したら、S30台の地形図では現r38は青線で、その次に刊行された地形図からは赤線だった。

 そのS30年代の地図では池は描かれてなかったが、池東側の道(市道31号)は描かれていた。つまり現r38旧道は池西側の道で正しいと思う。で、次に刊行された地形図(S40年代)では赤線は開通しており、そして旧道の池西側の道は載っていなかった。

 つまり旧道になってから一度も池西側の道は描かれていないことに・・・。これではr217のルートが間違えられても仕方ないかな。

ということで、前にも書いたが、地形図が間違っているので道路地図も合っていないという結論に。

 

終了

 

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